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コミティア

 投稿者:泊瀬  投稿日:2012年 5月 7日(月)00時15分43秒
  5月5日のコミティアで「前田慶次郎異聞」を友達のブースで置かして貰いました。すると古本で買ったという方が新古の一冊を買ってくれました。久しぶりのサインで手が震えてしまいました。お腹の大きな奥さんと楽しそうにコミティアのブースを見てられました。  
 

(無題)

 投稿者:master  投稿日:2011年 1月 3日(月)20時01分30秒
  返事読ませていただきました。人を斬り殺すことに迷いを生じさせない古武道の観点から見ても共通したこと考えているのかもしれません。

私は大学時代で宮本武蔵のいう名前は知っていたんですが、その武蔵が兵法の真髄を書き残した書物があると知って、「兵法の真髄というからにはその理論は他の分野でも応用が効くような極めて幅広い適合性の持った理論に違いない!」と興味をもって本を読み始めたものです。

五輪書は前編合わせて50程度のことを書かれているので、それからは格闘技の試合や昔の書物を読むたびに五輪書と照らし合わせてその本質を見抜こうとしてました。たとえば火の巻の巌の身も荘子の木鶏と似ていますし、その他もしかりです。

自身も空の境地に辿り着いた身ですので、基本的に五輪書の全ての解釈はほぼ揃っています。たとえば地の巻の太刀を片手で練習するというのは、片手で太刀を振ることを練習することによって次に両手で太刀を振ることによってその太刀の使い方は最初から両手で練習するよりその使い方は振り方も生かしかたも倍増するということです。

水の巻の重い太刀を自由に振るためには遠心力をうまく使うかにかかっており、円の動きをうまく利用して振るとけっこう思いのままに振ることができます。これは円明流にも当てはまるかもしれません。



 

明けましておめでとう御座います

 投稿者:泊瀬  投稿日:2011年 1月 2日(日)21時47分55秒
編集済
   拙作の主人公のイラストを数多く投稿して頂いている山野様からお年賀をまた頂き有り難う御座います!大切に飾らせて頂きます。

 master様、ご意見、まことに有り難う御座います。またご返事遅れました事、申し訳ありません!貴兄は、私と同じ目線で考えられていると思います。

 私は若い頃、「五輪書」を読んだ時、何が書いてあるのかよく分かりませんでした。しかし柳生新陰流を研究し出し、不思議な古武道の原理が見えてきたのかも知れません。
 武蔵は尾張に円明流を残し、その後、新陰流と共に剣豪を輩出して来ました。そして新陰流の中興の祖と言われる長岡桃嶺の書き残した新陰流の口伝書外伝には、円明流から引用した言葉が多く残されています。例えば、「五七条」(5x7=35条)からの引用が見えます。
 また足を踏む時は指を上にそらせる事が現在にも弟子に教えられています。ご指摘の太刀の持ちやうも、全く円明流と同じなのです。小指と薬指を閉める利を実際に体感しておられると思いますが、新陰流はさらに「龍ノ口」という親指と人差し指を丸い形にする口伝があります。これは手首を、くねるなど使わない様にするための躾と思われます。日本刀で手首を使ったら最後、腕の筋肉は疲れ手首を壊す事必定です。

 何か実際にイラストなどで解説出来ればいいと思いますが。是非、貴兄のご研究の成果も教えて下さい。
 これからもよろしくお願い致します。   頓首
 

太刀の持ち方のこと、足づかいのこと

 投稿者:master  投稿日:2010年12月14日(火)21時18分51秒
  お初にお見えにかかります。
五輪書で大学時代から6年研究してきたので大変興味深く読ませて頂きました。

私は、太刀の持ち方について「親指と人差指を浮かすような心持ちにし、中指はしめず・・(中略)」について親指と人差し指を力をこめて握ると、姿勢がガチガチになり体の自由があまり効かず、ガチガチになってしまうからで、中指は浮かすようにし、薬指と小指を閉めるように持つことで頭から出た脳神経を通して指がスムーズに動くことを想定した教えだと思っています。真剣ですと力よりも刀自体の重さを想定した切れる仕組みになっていますから。

足づかいに関しても、「かかとを強く踏むようにする」ということは速く走ることも相手に斬りかかるときも、地面と人間の足で走力や瞬発力が発揮されるものですから(宇宙空間や宙に浮いた状態では体の自由がきかない)、地面と足の関係が大切だと思うのです。では人間の足で地面を有効に地面に一番、力がかかる足の使い方はなにか?足のかかとで地面を強く踏めばいい。

他にも意見はあるのですが、こんなことを討論できる場もないので意見、執筆の続きを期待しています
 

お城と音楽会

 投稿者:まろまるメール  投稿日:2010年11月 3日(水)20時39分14秒
  はたぼーさんのページから拝見させていただきました。かなり歴史がお好きなようですね!是非読ませていただこうと思います。こちらの講演会にもどうぞ足をお運びくださいませ。

『白井市内の城跡とその周辺』
日時:11月7日(日)午前9時半開始11時半終了予定(2時間)
場所:白井駅前センター
   (北総線白井駅近く、ケーズデンキ線路向かい)
駐車場:線路反対側のトーズ、ケーズデンキ、ホーマック駐車場
    または白井市役所駐車場
講師:小林 茂
内容:中世の城の仕組み(縄張り図)、
   中世の人々の生活と願い、
   中世の戦争、
   白井の城跡の案内、
   城跡にまつわる伝説等、
 パワーポイントを使って楽しく行います。
電気大学講師の講演会です。誰でも入れますので、お気楽にお越しくださいませ。みなさん入って是非やる気を起こしてください!今、希望者が5名しかいないそうで、落ち込んでいます。今週末なので、宣伝は今、皆様にお早めにお願いいたします。
問合せ:nc2s-kbys@asahi-net.or.jp

ご紹介遅くなりました丸尾安奈(愛称maronnya(http://www.ongen.net/search_detail_artist/artist_id/at0000107442/)です。翻訳も承れます。私は音楽家で、12月23日のクリスマスには、かめありリリオホールの夜の催し”X'mas来日Concert"の興行責任も務めます、お手数でなければ、宣伝頂けたら有難い事です。お手伝いは入場無料(登録可)、チケットはセブンイレブンでも今月5日発売予定。e-ticketサイトで情報が4日から見られます。会員割引有。是非皆様で、寒い時期を乗り越えたいですね^^.お誘い合わせ、いらしてください。
では。
ありがとうございました。
 

「りんと小吉の物語」第三話

 投稿者:泊瀬  投稿日:2010年 7月19日(月)00時35分53秒
  第三話「媚薬」を追加しました。直江兼続に頼まれて京都から越後に早馬を走らせたりんに魔の手が伸びます。同性愛的場面があるのでご注意!

http://ncode.syosetu.com/n5999m/
 

御礼

 投稿者:長さん  投稿日:2010年 6月11日(金)10時26分44秒
  御返信ありがとうございました。
なるほど、長谷川党は、今の奈良県桜井市を本拠とする、「雄略天皇党」なのですね。
その点、押さえが足りませんでした。なお、1340年代に南朝方に組して、高師冬
らにやっつけられた益戸氏は、茨城県石岡市から『奈良に落ち延びた』のではなく、
『奈良に逃げ込んだ』の方が、表現が適切でしたね。失礼致しました。
 

返信

 投稿者:泊瀬  投稿日:2010年 6月11日(金)00時19分56秒
  長さん様、始めまして。書き込み有り難う御座います。
 申し訳ないのですが、泊瀬という名前はペンネームです。雄略天皇の諡号より拝借したものです。よって「はつせ」と読んでおります。
 この名前の氏族がいたとは始めて知りました。泊瀬は長谷に繋がる事は存じておりました。
 中世の豪族、武家の名前は多く住み着いた土地の名前を名乗ると思いますが、長谷という土地の名前は泊瀬から来たのではないかと推測しています。泊瀬がなぜ「はつせ」「はせ」と読まれるのかは、漢字の読みからは解く事が出来ません。私は恐らく「百済」(ぴゃくせ)からの移民がもとになり、表記が変遷したのではと素人ながら想像しています。

 お役に立てなくて残念です。
          恐惶頓首
泊瀬光延
   長様
   参
 

益戸系「泊瀬川」の謎

 投稿者:長さん  投稿日:2010年 6月10日(木)17時15分47秒
  始めまして。昔の地名で下総の国・下河辺荘に住んでおります、長と申すものです。
吉野朝に加担した、石岡の益戸氏が1340年代に奈良へ落ち延び、泊瀬川地域にて
長谷川党に合流した事は良く知られていますが、恐らく1380年代、惣領家の小山
氏政または小山義政の命にて、関東にJターンした一群があるようです。この泊瀬また
は、泊瀬川、あるいは、長谷または長谷川党(氏)について、泊瀬さんの家に代々
「帰還」の伝説があれば教えてください。「戦争で兵隊が足りないから集められた」
可能性もあると想像していますが、決め手がありません。御助成のほど、何卒よろしく
御願い致します。
 

新しいイラスト

 投稿者:泊瀬  投稿日:2010年 5月23日(日)23時45分24秒
  山野林梧様にまたまたイラストを頂きました!なんとこのイラストが表紙の私の小説が届いた夢を見られたそうです!いつか実現したいです・・・
いつもいつも有り難う御座います。
 

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