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予約表の更新が復活しました。

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2012年 3月 5日(月)21時35分0秒
返信・引用
  予約表の更新ができるようになりました。「予約カレンダー」の文字をクリックすればyahooカレンダーにリンクできるようにしました。ご覧ください。  

予約表の不調

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2012年 3月 4日(日)16時57分3秒
返信・引用
  現在パソコンの調子が悪いのか、「予約表」の表示ができなくなっています。ご予約の方は、メールもしくはお電話でご確認ください。  

高尾山で離人症の再確認

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2012年 1月 9日(月)22時25分18秒
返信・引用
   家内の屋外リーディングで高尾山に行ってまいりました。真冬の寒さにもかかわらず午前中の太陽の光はさんさんと輝き、体中の毒を体外に流れ出してくれるようでした。場所は山頂近くの修験道の根本道場のそばで、清冽な大気の中、緩みきった心身を鍛えなおしてくれるようでした。おかげさまで、食欲と空腹感への感覚はよみがえってきて、「天狗ラーメン」というお店でチャーシューメンとチャーシュー丼を二つとも平らげてしまいました。以前はラーメンだけでも全部食べられなかったのです。しかし、山を降りると、今度は自分の五感が何か変だと感じるようになりました。五感がとにかく鈍い。しかもガラス越しにすべての外界の情報が入ってくるような、周囲で起こっていることがすべて人事のような感じがし始めました。典型的な離人症です。これは離人症にかかったというよりも、以前から離人症気味であったことが自覚できるようになったのではないかと思います。つまり、ここのところ、自分の五感が閉ざされ、感覚閉鎖と離人症の中にいる自分が当たり前になっていたのが、高尾山での屋外セッションで逆に病んだ状態であると認識できるようになったのではないかと思います。
 離人症に大きく分けて二つあるように思えます。ひとつは文字通り五感が閉鎖されること。もうひとつは心の中の喜怒哀楽などの感情の動きが止まることです。
 それに慣れてしまうと自分は大丈夫と思い込みながら生活を続けられますが、実際には現実との落差それ自体も自分でコントロールし誤差を正常に復帰させることができなくなってしまいます。なぜなら離人症では認識そのものがやられてしまうからです。
 また近いうちに高尾山に行ってきたいと思います。
 

意識は自分自身の現実からあくまで逃げ続ける

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2012年 1月 7日(土)23時34分27秒
返信・引用
   自分の中にある自分で認めたがらない性質を身近な他者に投影するという癖を直接指摘されても、その重さを自分で認識するにはなかなか至らないものです。それはなぜかというと、意識は自分の影の部分にいつも目を瞑ろうとするからです。自分の弱さに目を向けられそうになると自動的に自然に意識のまなざしは閉じられてしまいます。自分の欠点、弱さ、影は、こうしていつも神話か架空の作り話のように思われ本気にされることは決してありません。他方で、自分に都合のよい第三者の事柄についてはうがった批判をする能力をみずから示すことで自分が盲目でないことを自分にも他人にも顕示しようとします。
 自分の影を直視しない姿勢が強化され、それが長期間続くと、現実を分厚いフィルターで見るようになります。そのフィルターは自分の影の中に封印されているありとあらゆる否定的な要素から成り立っているので、それ自体、悪の権化のように暗くゆがんだ分厚いレンズのようになっています。こうして眺められた現実は、同様に、暗く理不尽で怒りと脅威と不安に満ち満ちたものと映ります。それだけでなく、ゆがめられた現実が自分自身へと反作用を及ぼします。なぜなら、意識は自分の落ち度を認めず、対象である他人や自分の生きる世界のほうに原因があると錯覚するからです。このようにして、あの人のせいで、とか、この職場がろくでもないから、とか、環境が悪いから、など、周囲のせいにする自分が生まれるのです。
 通常ですと、どこかでそれが自分のフィルターのゆがみに起因していると直観できる機会に恵まれることもあるのかもしれませんが、スピリチュアル系の間違ったカウンセリングのやり方で固定化されることもあります。そうなると、間違ったフィルターそれ自体が強化されて、第三者が見ると一種ボーダーのような行動をし続けることもあります。ボーダー(境界性人格障害)として振る舞いながらも自分自身の意識では「良識」を持った知識人として行動しているんだという思い込みに陥って、自力による改善がおぼつかないことだってあるのです。
 

Re: 突然の書き込み、失礼致します。

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2012年 1月 2日(月)23時48分42秒
返信・引用
  > No.454[元記事へ]

小川さんへのお返事です。

書き込みありがとうございます。かく言う私も上智の哲学科の卒業生です。ずっと昔のことですが。当時はK先生というカトリック司祭でかつ禅の導師でもあられた方のゼミでエックハルトを習った覚えがあります。当時はエックハルトの本があまりなくて(学内の)聖三木図書館で古い本を探し出した記憶があります。エックハルト、ニュッサのグレゴリウス、サン=ヴィクトールのフーゴー、・・・当時興味を持った思想家の名前がいろいろと想起されます。当時はユダヤ思想に興味を持って、広尾にあるシナゴーグにも通いました。いいですね。上智の哲学科にも未だ「真理とは何か?」を真剣に問いかけている方が学んでいらっしゃるということで心が明るくなります。
 

Re: 突然の書き込み、失礼致します。

 投稿者:千葉みどりメール  投稿日:2012年 1月 2日(月)18時50分5秒
返信・引用
  > No.454[元記事へ]

小川さんへのお返事です。

読んでいただいて、ありがとうございます。
あそこに書いたのは、みな私が会った人達のことです。苦しいときには彼らを思い出し、生きる力をもらっています。ちょうどユダヤ人が死者ことを思うのと同じようなものでしょうか、彼らの肉体は消えうせても、彼らの残した何かは私の中で生きていると私は実感しています。人間の利害にとらわれたものが滅びても、永続するものがあると教えられてきたと思っています。
今の仕事では自分のカトリックの信仰は意識の下になってはいますが、どこか深い地下の水源になっているような気がします。出会う人たちの仲に、神の手の跡を探しているような毎日です。

私も夫も上智の出身で、私達はアルムブルスター神父の聖書研究会で知り合いました。で、結婚式の司式はアルムブルスター神父にお願いし、今哲学科で教えていらっしゃる中村秀樹神父には結婚式の司会と聖書朗読を無理やり押し付けました。中村神父は、私達の事をよく知っていますよ。(彼が神学生になる前からの付き合いなので、私の性格はすっかりばれています・・・。私のことを話すと彼はにやっと笑うでしょう。なにしろ私達が結婚式にと選んだ聖書の朗読箇所は、創世記の1章、コヘレトの1章、マグニフィカト、ヨハネの黙示録のラストですから。)

私が出会った人たちのことをまた随想に書くつもりでおります。よろしかったらお読みください。(原稿は半ば準備しているのですが、忙しさにかまけたずぼらな私は何時ネットに書くのかな・・・?)
 

突然の書き込み、失礼致します。

 投稿者:小川  投稿日:2012年 1月 2日(月)17時22分24秒
返信・引用
  初めまして、小川と申します。
私は、現在、上智大学哲学科四年の者です。

先程、ネットサーフィンをしていましたところ、
本当に偶然で、ミル・ファイユ・ヴェルト様のサイトにあります随想、「受け継がれていくもの その2」のページに辿り着きました。
文章を、何気なく読み進めていきました。
そして、半分ほど進んだ頃には、私は自然と涙を流していました。
今も、どうしてか涙が止まりません。
うまく書けないことをお許し下さい。

ですが、何か確信めいたものと、すうと胸に染み込んでいくようなものを強く感じたのです。
随想を読み終えた時には、こんな状態でも生きていていいんだと救われたような心地がしました。
ですから、どうしても感謝の言葉を伝えたくて、ここの場をお借りしました。
ありがとうございます。

卒論では、神学者であるマイスター・エックハルトを扱いました。
彼の説教集に感動したからこそ選んだのです。
しかし、貴方様の随筆の方が、より心に直接響きました。
残りの随想も是非、拝読させて頂きたいです。

本当にありがとうございます。
それでは、乱文、失礼致しました。
 

まるでカルトの洗脳のような

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2011年12月31日(土)21時23分59秒
返信・引用
   昨日掲示板に書いたことをもう少し考えてみました。
 以前オウム真理教の事件があったとき、収監されている麻原の弟子だちの中には罪を悔やみ改心の情を示し始めた者もいたと聞いたことがあります。しかし、それら改心の情を示す被告たちの中には麻原への忠誠心や麻原というグル(師)を裏切ることになることへの恐れから改心に踏み切れない者もいるとも聞きました。
 某セラピストのカウンセリングでは、クライアントの中の成長を拒む子供の言い分を一方的に肯定し、親や家族や配偶者に自分の苦しむの原因を一方的に擦り付けることで解決しようとするものでした。それは催眠療法の中だけではなく、ふつうのカウンセリングの中の何気ない会話の中に刷り込まれていつの間にか脳裏に焼き付けられてしまったわけです。しかも、2012年のアセンションというスピリチュアルの人々の業界用語を聞くわけでもないのに、方向性も同一の方向性であったので、現世否定のうえ、自我を分裂させて感覚を麻痺させ、現実生活に対して単に適応できなくなるだけでなく、センスもズレを生じさせ自滅的な行動をとるようになります。そして、自滅への行動をとっている自分自身がまるで他人のように感じられ(一種の離人症)、しまいに自分が自分に襲い掛かるような錯覚さえ覚えます。オカルティックに聞こえますが、ある意味で、催眠を通して一種の憑依現象を経験しているような感じまでします。
 アセンションという言葉をセッション中に聞いた覚えのない人も、またなんらかの恐怖を植え付けられて、所定の行動をとるように時限爆弾が仕掛けられているわけです。
 以上のことは、私自身長年解けない問題でしたが、家内のリーディングによって読み取ってもらったものです。
 年の変わり目に覚書として書いておきます。
 
 

自分を取り戻す

 投稿者:千葉新二郎メール  投稿日:2011年12月30日(金)19時53分21秒
返信・引用
   私自身、某セラピストの催眠療法とカウンセリングを長期にわたって受けてきた人間として、最近、その破壊的な影響に気付きつつあります。たとえば、カウンセリングに通うようになる前はそういう考え方はしていなかったのに、であるとか、こんな表情を自分はしなかったはずなのに、であるとか、こういう物言いはしていなかったはずなのに、ということが多々あります。そのほとんどは家内によって気付かされるのですが、指摘されても、それがどのくらいひどい状態なのか自覚できないままでいました。たとえば、現在形でしかものを考えられず、未来のことはたとえそれがその日の午後のことさえ具体的な行動の対象として意志する自分でなくなります。(そのくせ○○するつもりです、のような空約束は連発するようになります)また、意識していないと家族や配偶者に対して知らず知らずのうちに敵意や冷酷さ(そして殺意さえも)を醸し出すか、もしくは、自分自身への破壊的衝動へと盲目的に突き進んでいったり、要は、協力・信頼などのプラスの感情と明るい未来への期待感がない世界に生きていたりします。まるで催眠にかけられて家族への破壊衝動を植え付けられた映画の主人公のようなことが実際に起きます。自分の本来持っている資質や才能は封印し、偽の自分、しかも虚勢だけの張子のトラの自分として外見ばかり気にするようになり、当然人間的な深みを喪失しモラルハザードをあちこちで引き起こします。幼児期の感情を絶対的に肯定するだけのセラピーだった後遺症なのです。しかし、この後遺症は、催眠療法を通してかけられているので、自力で気付いたり取ったりするのは困難を極めます。唯一、理性の力によって感情を統合する道が効果を持つと確信していますが、もし同じような被害に会われた方がいらっしゃいましたらご相談ください。
 ちなみに某セラピストのところでは自分の中の一番の弱点が(治癒されるのではなく)強化され破滅的になるような「しかけ」がかけられます。そして、その「しかけ」は数年経過してもまるで時限装置のように作動し続けるのでやっかいです。
 

スピリチュアル系の落とし穴

 投稿者:千葉みどりメール  投稿日:2011年12月24日(土)14時06分48秒
返信・引用
  以前某セラピストのマインドコントロールについてここに書きましたが、そのマインド・コントロールのひとつが最近判明しました。
いわゆるスピリチュアル系の中には2012年に世界が変わると信じ込んでいる人がかなり多くいます。某セラピストも2012年にアセンションが起きるというカルト的教義の信奉者です。彼は、催眠療法中にまたセッション中に、2012年にアセンションというものが起きるのでそれに合わせるようにと暗示をかけています。そして、この暗示は2011年の冬至のあたりに心の底で動き出すように仕組まれています。
思い当たる方は、次のような言葉を自分で唱えてみてください。
・2011年の冬至の頃から世界は変わるのですね。
・2012年のアセンションに合わせて生きなければいけないのですね。
・2012年のアセンションに合わせるには、仕事をしない方がいいのですね。
・2012年のアセンションに合わせるなら、子供や家庭を持つのは控えた方がいいのですね。子供や家庭や仕事にとらわれるのは馬鹿げているのですね。
・人間は考えると2012年のアセンションを逃してしまうのですね。考えずに自分の感覚だけに集中するといいのですね。
・2012年のアセンションで全ての価値が変わるので、今の社会にある価値は無意味なのですね。何もしないほうがいいのですね。
・私は2012年のアセンションにあわせて生きるように努力します。
このような言葉を自分で唱えた時に何か違和感を感じたら、注意してください。

アセンションとは、復活したキリストが天に上げられたことが元来の意味です。また、カトリックでは、聖母マリアが肉体を持って天国に赴いたことも同様の意味としています。このようなキリスト教の信仰がニューエイジに利用され、2012年に地球の次元や波動の上昇が行われ、それにふさわしい人類のみが生き残るというカルト信仰のようなものに変化しました。
このような思考は、現実逃避をしたい人にとっては好都合でしょうが、人間の現実感覚を破壊するものです。離人症、もしくは人格の分裂を引き起こしかねないものです。

某セラピストの狂気を刷り込まれたと感じた方は、ご連絡ください。
 

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