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ご感想有難う御座います2
投稿者:
N
投稿日:2005年 7月 1日(金)18時36分45秒
>カラキナさん
どうも楽しい旅に招待してくれてありがとうございます。
>中間テストはいかがでしたかv。
書かざることについては問うべからず by昔の偉い人(嘘)
>たれぱんだ2頭
いや、闇米さんはたれぱんだですが(!)、私は違う……と思う。
>好きな女の子(?)に間近でときめいていたかったからなのですね(笑。
待て、違います。多分、違います(何故曖昧な言い方をする
>とくに外面的な元のこだわりは柔軟に対応できる方が間口は広がりそうな気がします。
あはははは(ごまかし)。外面的、……ねえ。わたし、ファッション興味ないです(……)
>新作
ご感想有難う御座います。
なんというか、内容も文章も人物描写も視点も全てがダメダメで泣きたくなりますね。といっても、泣いてもどうにもならぬのは世の常だ、と泣くことさえもせず既に開き直っている自分も自分ですが……。自分なりに小説を模索します。
>しまさん
>新作
ご感想有難う御座います。あー、苦手でしたかー…。なるほど、そういう捉え方も…。
>遠足
っていうと小学生か中学生っぽいですよね、なんか。そこで江无蘇苦、とか。(!)いや、これは幼稚園っぽい……。
>Nくんの日記の文章はすごく良いと思う。書き手が感じられて好きです。
ありがとうございます。
>石川淳
私も飽き性ですね(苦笑)。でも、石川淳だけは変わらないですねー。ずっと好きです。
>千本素振りとか激流川くだりとか一本背負いされてみたり
……!!!!
>師団長さん
>受けた。
……そこですか(苦笑)
ワシの話はどないなってんねん!!
投稿者:
師団長
投稿日:2005年 6月30日(木)03時43分46秒
>「森羅さんなんかは?」「ああ、あの人は教育上悪い」「そうなんですか、へぇ」
受けた。
(無題)
投稿者:
しま
投稿日:2005年 6月28日(火)17時28分9秒
こんにちは、遠足帰りのしまです。雨で途中切り上げでしたが…。
トップページ紅くなってる!!と叫びました。いや、臙脂色だよっ。そんなっっ。
うーんうーん(悩)
新作も拝読しました。内容が内容なので、私にはちょっと読みにくかったかなぁ。単に人が死ぬのが苦手なんです。
ところで、Nくんの日記の文章はすごく良いと思う。書き手が感じられて好きです。小説を書くときの文体と日記と、すっぱり分ける必要はないんじゃないかとも思います。
石川淳に影響されてるっていうのは、好きなんだからどうしようもないですよね。
ああ、あのとき出会わなければ――そういうのこそ文学的ですな!
その点、私は飽き性(笑)。
またメールします。
>カラキナさん
お久しぶりです。
覚えていただけてるか分かりませんが、以前「作家でごはん!」の鍛錬場でお世話になりました、しまです。
教えていただいた「君を殺してしまわないものは、すべて君を強くしてくれる」の言葉を胸に、この数年、千本素振りとか激流川くだりとか一本背負いされてみたりとか、アホなことを色々やってみましたが、あまり強くなった気配はありません。。受け身はうまくなりました。
なかなかお会いする機会もありませんが、どうかお元気で。
新作読みました。
投稿者:
カラキナ
投稿日:2005年 6月28日(火)08時33分44秒
ネット上ではお久しぶりです(ぺこり。
今月、伊勢参らないツアーにご一緒できて楽しかったです。
日記とても面白く読みました。中間テストはいかがでしたかv。
致命的な方向音痴のためあちこっちに転がって行く、見かけの大きさは頼もしい闇米君の後を、よく似た雰囲気でサイズだけ異なる君が、右に行けば右に、左に行けば左にくっついて行ってしまうので微笑ましかったです。たれぱんだを二頭つれているようで、三重のなごやかにのびやかな緑と海の、のんびりとあわただしい(笑)体験は、素晴らしいひとときでした。
しかし、くっついていたのは兄に対する憧れのようなものではなく、好きな女の子(?)に間近でときめいていたかったからなのですね(笑。
当日の朝遅刻したのは、宿を出発の瞬間に私の腹がごろごろぴーしたからです。
バーベキューで手のひら大の貝をでかい水槽からすくって切るのは新鮮な体験でした。美しい紋目の大アサリも赤い下層階級のホタテのような貝も初めて見るものでした。どうせ食べるなら活きのいい貝をと、一番元気な貝を大トングで挟むのですが、そういうやつほど海水をピシューと1メートル弱もとばすはがっちゃんがっちゃん抵抗するは、いいものを食うのは大変なのだと(笑)、当たり前なのかもしれませんが新鮮な確認をしました。
貝を開くときに刃の入れ方が悪く、こつをつかむまで何回も切ったのはかわいそうだったなあ。切りたての貝はとても奇麗でした。命がなくなるとき、身からいろいろな器官が伸びてきて、それがだいたい透明に近いのですね。
プライドは、女は自分の言う通りだけにする男など男とは思いませんので、当然必要です(強調)。ただ、電車男が洋服を直すような意味で、とくに外面的な元のこだわりは柔軟に対応できる方が間口は広がりそうな気がします。
新作読みました。
文章でつまづきました。文体が古風で老成されたものを使おうとしているのに、視点が幼く、すごい違和感です。着物を着方を知らないで着ているような感じです。レベル30の名文を初期レベルが自分のものにして使おうとするのは野望なのでがんばってほしいです。
頭にあるイメージを説明するのができていないか、絵的なイメージをそもそも持っていないかのどちらもあるような気がします。
内容は、週刊新潮など週刊誌に連載される、一話読み切りの3ページくらいの事件を題材にした小説風読み物に負けてるなあと思います。
他人に何かを分かってもらうために書いているというより、自分の確認のために書いているなあと。
文章も服装もセンスなので、何がいいか悪いかは、悪いと分からないので(去年の服破)、それぞれ洗練目指してがんばるしかないかと。一番いいのは、いいものをたくさん見ることです。別のジャンルも大量に読んだらどうでしょう。石川淳のよさがどうよいのかもっとわかったりして。
次作もがんばってください〜。
ご感想有難う御座います
投稿者:
N
投稿日:2005年 6月27日(月)23時49分46秒
編集済
>星崎さん
ご感想ありがとうございます。
>特有の文体によるマイナス効果
そうですよねぇ……。語彙の偏りが問題なのかな、それとも言葉の並びが変とかいう意味での悪文なのかなぁ、うーん。
>その文体は意識的か無意識的か
あー……無意識によるところが多いと思います。口につい出て来る言葉を書いていくという手法をとっているので、無意識で書いていくとこういう文体になってしまいますね……。むしろ、現代の言葉遣いにする方こそ意識的にいかねばならないという奇妙な状況です…。
>闇米さん
ご感想ありがとうございます。
>推敲しなさい!!
……すこしビックリしましたよ。推敲ですか……実は二、三回推敲して、最初よりは大分良くなったあとです。それでも……それでも……(凹 「わずか(に)」の脱字は三回目の推敲の時「ほのかに」から改変した時にミスったものです。
>道彦の生活と云うのは驚くほど規則正しく、悪く言えば日常に縛られ過ぎているとも言えるほどだった。
(平易)→道彦の生活の規則正しさは異常で、もはや日常の奴隷であると言ってよかった。
(直訳調)→道彦の生活はとても規則正しくて、しかしそれを悪く言うとすると慣習に囚われ過ぎていた。
>一昨日も昨日も恐らく寸分も違わぬほど正確に道彦の生活は再生されていて、道彦はけだし満足の態であった。
(平易)→一昨日も昨日も恐らく全く異ならないほど正確に道彦の生活は反復されていて。道彦自身その正確さには満足していた。
(直訳調)→一昨日も昨日も多分ほとんど違うことのないくらいの正確さで道彦の生活は反復されていて、道彦はそれに満足していた。
うーん、この文は別にそこまでおかしくないような気もします。(古語の混じるを除けば…)ただ、「再生」という語は「反復」のが良かったかな、と思うくらいですね。
私は「特有文体」という名のもとにおいて自分で自分の悪文を許可しているのであろうか、これは私の悪癖の異常なまでの自己弁護の延長線にあたる部分に相当するのであろうか。自分の文体をやはり一度見直すべきなのであろうか……。どうも、かの石川淳先生の名文が頭に浮かび、苦悩は広がる。
>球体猫さん
再びありがとうございます。
改文例ありがとうございます。非常に参考になりました。
>古語を使われると受け取れる情報量が減り、ニュアンスがよく分からないので損ですよ。
>現代語というのは誤読を避けるために進化してきたのです。
仰る通りだと思います…………はい。理論的には理性的には、それが正解なのでしょうが、どうも私の感覚はそちらにどうも進まないんですね。石川淳の名文に酔いしれて、なかなかそこから抜け出せない、という具合です。古い小説を読んでると言っても、漱石さんとて、小説に「けだし」なんてのはなかなか使わなかったのではないのかな。すなわち、詞藻は石川淳に負うところが多いです。石川淳に出会わなければ、おおよそこのような状況は有り得なかったと思います。何しろ、石川淳への文体の魅了というのは非常に激しく、中三の頃ブックオフで日本文学全集の端本を買い漁っていた時、偶然に石川淳も買って、家に帰ってそのページを捲ると、たちまち感動し、一週間後石川淳選集(一万五千円)を買うに到るのを思えば、その異常さは自明です。そして、その時より現在まで石川淳はずっと尊敬の師としています……。っと、横道に逸れちゃいましたが、私は石川淳に会うことなければ、このような文章にはならなかったと思います。しかし、石川淳に会わねばこんなに小説を書きつづけていたとは思えませんし、今のような私は絶対いなかっただろうと思います。そこに逆説めいたものがあるのですが、ああ、何とも上手く言えないのが心残りである。
>紅茶さん
ご感想ありがとうございます。
>あはは、闇米先生が怒ってる
なんですか、その完全傍観者という態度は…………いや、そりゃ、傍観者でしょうね。うん……。
>理由なき殺人をこの枚数で描くのは無理だと思うよ
無理とは言わずも至難でありますね。今回これを書いた動機として「一度、完全に自由に状況を体験した人間を書いてみたい」というのがあります。しかし、上手く書き込めてませんね。「書かねばならぬことは書かれておらぬ」という指摘、最もですね。
ごめん続き
投稿者:
星崎
投稿日:2005年 6月27日(月)21時49分8秒
新しい文体に変えてみるかした方が無難かと思います。N君は昔の小説を僕なんかより遥かに読んでいるわけで、ただ、なんていうんでしょうか、吸収する部分を間違えているような気がするんです。
でもそれだけ可能性に満ちていると思います。わしゃ羨ましいよ。
というか
投稿者:
星崎
投稿日:2005年 6月27日(月)21時46分46秒
N君の文体は時代小説っぽいです。
訊きたかったんですが、その文体は意識的なものなのですか? それならば別に問題はないと思いますが、無意識的なものならば少しばかりマズイかもしれない。違和感を払拭するためには小説の内容を変えるか、
あはは、闇米先生が怒ってる
投稿者:
紅茶
投稿日:2005年 6月27日(月)20時58分27秒
読みました。
理由なき殺人をこの枚数で描くのは無理だと思うよ。わざと書かないことで深みを出そうとしてるんだろうけど、それでも書かなきゃいけないものがあるはずで、それが全然足りてません。ネタバレになるけど吉田修一の『パレード』がオススメ。
ありゃりゃ
投稿者:
球体猫
投稿日:2005年 6月26日(日)23時39分44秒
それは端からは……→それは端から見れば彼自身が日常の慣習に縛られているのではないかと思えるほどだった。
とか、
→日常に縛られた人間というのは得てしてこういった極度に規則正しい生活を送るようになる。
とか、
→その規則正しさは周囲の者に、ある種の戒めのような物を想起させた。
とか……
古語を使われると受け取れる情報量が減り、ニュアンスがよく分からないので損ですよ。
現代語というのは誤読を避けるために進化してきたのです。
引っ越し準備してたら
投稿者:
球体猫
投稿日:2005年 6月26日(日)23時29分16秒
本棚の裏からゴキブリの死骸が出てきてキレそうになった。
>門音八十八
多分推敲と言うよりパーソナリティーの問題なのじゃよ。
俺の技能も明治の人並みとは行かないので、上手く例を挙げて指摘できないのだけれどね。
カリフォルニアロールは寿司なのだが、寿司であると同時に寿司の概念を逸脱した食べ物であり、若い世代やメリケンどもには人気だけれども、寿司を食べ慣れた日本人にとっては許容しがたいのじゃよ。
ちょっとやってみた。
>道彦の生活と云うのは驚くほど規則正しく、悪く言えば日常に縛られ過ぎているとも言えるほどだった。
――道彦の生活は驚くほど規則正しく、それは端からは日常(の慣習)に縛られているのではないかと思えるほどだった。
>一昨日も昨日も恐らく寸分も違わぬほど正確に道彦の生活は再生されていて、道彦はけだし満足の態であった。
恐らく道彦の生活は、彼自身の意志によって一昨日も昨日も区別が付かないほど正確に反復され、彼自身、そのできばえには満足していた。
ああ、ダメだな。文体というのは個性じゃからね。
これはもうN君の文章ではない……
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